2009年05月22日
スペイン巡礼の旅31 最もキツイ一日
朝アルベルゲを出発する時、ホスピタレロの女将さんが私の様子を見て、
「気をつけてね、だいぶ疲れが溜まってるようだから」と声をかけてくれました。
確かにその頃の私は朝から体が重く、まるで鉛のかたまりのような動きをしていたと思います。
村を出ると見晴らしのよい高原に続いていて、ずーっと目の前に緩やかな山脈が広がっていました。
その稜線の上に、白く半透明に輝く丸いものがのっているのが見えました。
沈みゆく朝の満月です。
まるで、氷の玉をそっと山の上に転がしたようでした。
今日この日、この時でないと見られない一瞬の光景は、天からのプレゼントのように思えて、思わずため息が出ました。そしてなぜか涙が、つっと流れました。
間もなく、私達の背後から勢いよく昇って来る太陽から逃れるように、月は、静かに山の向こうに吸い込まれて行きました。
日が昇り始めると、たちまち夏のような日差しにさらされて、また厳しい一日がはじまりました。見晴らしはいいけれど、アップダウンの激しい山道を黙々と歩いて、有名な十字架の丘までたどり着きました。

ここで、何日か前の朝に、バルの前で一緒に写真を撮った、ルイスとロヘリオの二人組に再会しました。
「やあ君、元気?久しぶりだね!」
そんな風に、英語の出来るルイスの方が、気さくに声をかけてきました。
歩きながら、お互いにちょっとした自己紹介をし合いました。
ルイスとロヘリオは12歳年の離れた兄弟で、お兄ちゃんのロヘリオは今回、3回目のカミーノ巡礼なのだそうです。3週間の休暇を利用して、ブルゴスから最後まで、約500kmを歩くのが目標なのです。
弟のルイスはよくしゃべり、冗談も言うし、誰かれ構わず友達になってしまうひょうきん者。ロヘリオはかなり太めなおなかだけど、歩くスタミナは断然彼が上で、この巡礼の道のこともよく知っているから、すべてお任せのようです。ルイスはロヘリオ兄さんが大好きで、とても頼りにしていると言っていました。
街道沿いの村で昼の休憩を取り、賑わうバルのカウンター席で、エンパナーダというツナの入ったパイをいただきました。ルイスとロヘリオは、バルでゆっくりビールを飲みながら周りの人々と賑やかにやっていたのでここで別れて、マリアノ、ルイシ、ピエール、私の4人は一足早く出発しました。今日はここからがキツイらしいのです。
はじめのうちは4人並んでいましたが、だんだんマリアノが見えなくなり、ピエールが見えなくなり、ルイシおばさんも先に行ってしまいました。
スペインのこの地方の山は日本の山道とはまったく違って、ちょっと西部劇に出てくるような乾いた感じがします。大きな木はあまりなくて、とにかく日差しが容赦なく攻撃してきます。
野生のヤギでも出て来そうな岩のゴロゴロした山を下り終わるまで、誰にも会わず数時間を歩きました。
寂れた村をよろよろ歩いているところに、後からルイスとロヘリオが追いついて来て、「スエルテ、バルを求めて道を外しちゃダメだぞ」なんて、からかって行きました。
あまりにも私の歩みが遅かったので、いつの間にかルイスとロヘリオも見えなくなってしまいました。

途中立ち止まって飲んだ水筒の水は、お湯になっていました。
気付けばあたりはすっかり住宅街になっています。
ある家の前にいたおばさんが、しんどそうに歩く私を見かねて「ちょっとあなた、ここに座って休んでいきなさいよ」と、叱るような調子で声をかけてくれました。
ありがたかったけれど、それは断って、決して足を止めませんでした。今座ったらもう立てないと思ったからです。
それから道沿いの小綺麗なアルベルゲの前を通った時、女好きのペドロに会いました。女性を見ると必ずウインクしてくる色っぽいおじさんです。
サンダルに履き替えて、すっかりリラックスした格好です。私の横を歩きながら、「君も今夜はここのアルベルゲに泊まった方がいいよ、もうヘトヘトでしょう?ここは綺麗だし、設備もいいよ」
「ポンフェラーダはまだでしょ?私はどうしてもポンフェラーダまで行きたいの」
私は頑なに歩き続ける選択をしました。私の“仲間 Mis amigos”と 離れてしまうのは絶対にいやだったのです。
ひとり歩く姿は、亀と言うより炎天下のナメクジのようだったと思います。
この日は私にとって、カミーノの全行程の中で最も苦しい一日でした。
もう、三日くらい沈まない太陽の下を歩いているような錯覚を覚えました。
夕方ようやく、この日の目的地ポンフェラーダの町に入り、一軒のバルを見つけると、ほっとして少し泣きました。泣くことによって、緊張を解放したかったのかもしれません。
誰もお客のいないそのバルに寄って、魚の酢漬けと冷たいミルクコーヒーを飲み、またすぐに出発しました。
ポンフェラーダは大きな町でした。道行く人に「アルベルゲはどこですか?」と何度か尋ねて、長い橋を渡って、やっとそれらしき建物の前まで来ると、ピエールが入り口で待っていてくれました。
私に気づくと駆け寄って来て、リュックを持ってくれようとしましたが、もうすぐだから大丈夫だよと、そのままゆっくり並んで歩きました。
座って受付をしながら、出されたジュースを2杯一気飲みして、「ムイ・カンサダ~!」(めっちゃ疲れた~)と言っていると、誰かがポンと両肩に手を載せてきました。マリアノでした。
「スエルテ、よくがんばったね!シャワーを浴びて着替えたら、今夜はステキなレストランに食事に行こう、いいね」
ああ、やっぱりがんばってここまでやって来てよかった!とその時思いました。
本当に苦戦した一日でしたが、歩いた距離は28kmでそれほどでもなかったことが後でわかりました。一緒に出発したみんなは、私より3時間も早く到着していたそうです。
-つづく-
前回のお話↓
スペイン巡礼の旅30
はじめから読む↓
スペイン巡礼の旅1
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「気をつけてね、だいぶ疲れが溜まってるようだから」と声をかけてくれました。
確かにその頃の私は朝から体が重く、まるで鉛のかたまりのような動きをしていたと思います。
村を出ると見晴らしのよい高原に続いていて、ずーっと目の前に緩やかな山脈が広がっていました。
その稜線の上に、白く半透明に輝く丸いものがのっているのが見えました。
沈みゆく朝の満月です。
まるで、氷の玉をそっと山の上に転がしたようでした。
今日この日、この時でないと見られない一瞬の光景は、天からのプレゼントのように思えて、思わずため息が出ました。そしてなぜか涙が、つっと流れました。
間もなく、私達の背後から勢いよく昇って来る太陽から逃れるように、月は、静かに山の向こうに吸い込まれて行きました。
日が昇り始めると、たちまち夏のような日差しにさらされて、また厳しい一日がはじまりました。見晴らしはいいけれど、アップダウンの激しい山道を黙々と歩いて、有名な十字架の丘までたどり着きました。

ここで、何日か前の朝に、バルの前で一緒に写真を撮った、ルイスとロヘリオの二人組に再会しました。
「やあ君、元気?久しぶりだね!」
そんな風に、英語の出来るルイスの方が、気さくに声をかけてきました。
歩きながら、お互いにちょっとした自己紹介をし合いました。
ルイスとロヘリオは12歳年の離れた兄弟で、お兄ちゃんのロヘリオは今回、3回目のカミーノ巡礼なのだそうです。3週間の休暇を利用して、ブルゴスから最後まで、約500kmを歩くのが目標なのです。
弟のルイスはよくしゃべり、冗談も言うし、誰かれ構わず友達になってしまうひょうきん者。ロヘリオはかなり太めなおなかだけど、歩くスタミナは断然彼が上で、この巡礼の道のこともよく知っているから、すべてお任せのようです。ルイスはロヘリオ兄さんが大好きで、とても頼りにしていると言っていました。
街道沿いの村で昼の休憩を取り、賑わうバルのカウンター席で、エンパナーダというツナの入ったパイをいただきました。ルイスとロヘリオは、バルでゆっくりビールを飲みながら周りの人々と賑やかにやっていたのでここで別れて、マリアノ、ルイシ、ピエール、私の4人は一足早く出発しました。今日はここからがキツイらしいのです。
はじめのうちは4人並んでいましたが、だんだんマリアノが見えなくなり、ピエールが見えなくなり、ルイシおばさんも先に行ってしまいました。
スペインのこの地方の山は日本の山道とはまったく違って、ちょっと西部劇に出てくるような乾いた感じがします。大きな木はあまりなくて、とにかく日差しが容赦なく攻撃してきます。
野生のヤギでも出て来そうな岩のゴロゴロした山を下り終わるまで、誰にも会わず数時間を歩きました。
寂れた村をよろよろ歩いているところに、後からルイスとロヘリオが追いついて来て、「スエルテ、バルを求めて道を外しちゃダメだぞ」なんて、からかって行きました。
あまりにも私の歩みが遅かったので、いつの間にかルイスとロヘリオも見えなくなってしまいました。

途中立ち止まって飲んだ水筒の水は、お湯になっていました。
気付けばあたりはすっかり住宅街になっています。
ある家の前にいたおばさんが、しんどそうに歩く私を見かねて「ちょっとあなた、ここに座って休んでいきなさいよ」と、叱るような調子で声をかけてくれました。
ありがたかったけれど、それは断って、決して足を止めませんでした。今座ったらもう立てないと思ったからです。
それから道沿いの小綺麗なアルベルゲの前を通った時、女好きのペドロに会いました。女性を見ると必ずウインクしてくる色っぽいおじさんです。
サンダルに履き替えて、すっかりリラックスした格好です。私の横を歩きながら、「君も今夜はここのアルベルゲに泊まった方がいいよ、もうヘトヘトでしょう?ここは綺麗だし、設備もいいよ」
「ポンフェラーダはまだでしょ?私はどうしてもポンフェラーダまで行きたいの」
私は頑なに歩き続ける選択をしました。私の“仲間 Mis amigos”と 離れてしまうのは絶対にいやだったのです。
ひとり歩く姿は、亀と言うより炎天下のナメクジのようだったと思います。
この日は私にとって、カミーノの全行程の中で最も苦しい一日でした。
もう、三日くらい沈まない太陽の下を歩いているような錯覚を覚えました。
夕方ようやく、この日の目的地ポンフェラーダの町に入り、一軒のバルを見つけると、ほっとして少し泣きました。泣くことによって、緊張を解放したかったのかもしれません。
誰もお客のいないそのバルに寄って、魚の酢漬けと冷たいミルクコーヒーを飲み、またすぐに出発しました。
ポンフェラーダは大きな町でした。道行く人に「アルベルゲはどこですか?」と何度か尋ねて、長い橋を渡って、やっとそれらしき建物の前まで来ると、ピエールが入り口で待っていてくれました。
私に気づくと駆け寄って来て、リュックを持ってくれようとしましたが、もうすぐだから大丈夫だよと、そのままゆっくり並んで歩きました。
座って受付をしながら、出されたジュースを2杯一気飲みして、「ムイ・カンサダ~!」(めっちゃ疲れた~)と言っていると、誰かがポンと両肩に手を載せてきました。マリアノでした。
「スエルテ、よくがんばったね!シャワーを浴びて着替えたら、今夜はステキなレストランに食事に行こう、いいね」
ああ、やっぱりがんばってここまでやって来てよかった!とその時思いました。
本当に苦戦した一日でしたが、歩いた距離は28kmでそれほどでもなかったことが後でわかりました。一緒に出発したみんなは、私より3時間も早く到着していたそうです。
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スペイン巡礼の旅34 峠まで
スペイン巡礼の旅33 ありがたい習慣
スペイン巡礼の旅32 ロヘリオとルイス
スペイン巡礼の旅30 リタイアの危機
スペイン巡礼の旅29 初夏の吹雪の正体は…
スペイン巡礼の旅28 レオン観光
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Posted by スエルテ at 19:48│Comments(4)
│スペイン巡礼の旅
この記事へのコメント
この日はキツイ一日だったようですね・・・。
それにしても「沈みゆく満月」のくだり。イイです・・。
今週の仕事疲れがどこかへ行っちゃいました^^v
ところでスエルテさん、5月の連休で「日本のカミーノ」
お四国参りに行ってきましたよ。
5日間だけの「区切り打ち」でしたが、キツイ山越えあり、人情あり、
出会いありの楽しく印象深いものでした。
ただサラリーマンの区切り打ちでは、88ヶ所終わるのに5年ほどかかり
そうです><
それにしても「沈みゆく満月」のくだり。イイです・・。
今週の仕事疲れがどこかへ行っちゃいました^^v
ところでスエルテさん、5月の連休で「日本のカミーノ」
お四国参りに行ってきましたよ。
5日間だけの「区切り打ち」でしたが、キツイ山越えあり、人情あり、
出会いありの楽しく印象深いものでした。
ただサラリーマンの区切り打ちでは、88ヶ所終わるのに5年ほどかかり
そうです><
Posted by hiro at 2009年05月22日 22:27
hiroさん
あの朝の月は本当にきれいでした。
ちょうど満月の日で、あと10分早くても遅くてもあの景色は見られなかったと思うと、キツイ一日をあの日体験したのも決して苦ではなかったと今は思えます。
四国の巡礼、実りのある旅でよかったですね!
5年かけてのお遍路もいいじゃないですか、年々深みを増していく自分を発見できそうですね。
あの朝の月は本当にきれいでした。
ちょうど満月の日で、あと10分早くても遅くてもあの景色は見られなかったと思うと、キツイ一日をあの日体験したのも決して苦ではなかったと今は思えます。
四国の巡礼、実りのある旅でよかったですね!
5年かけてのお遍路もいいじゃないですか、年々深みを増していく自分を発見できそうですね。
Posted by スエルテ
at 2009年05月23日 19:09

炎天下28キロを
なんてしんどそう。
日本と違って木陰になりそうな木々は無いし、日射病になりそう。
まだ景色を見れる
の方が気が紛れるかも(^_^;)。
来月小布施見にマラソンあるけどもまだ練習してないっ
。
ソロソロしなきゃ

日本と違って木陰になりそうな木々は無いし、日射病になりそう。
まだ景色を見れる

来月小布施見にマラソンあるけどもまだ練習してないっ

ソロソロしなきゃ

Posted by ブランフェムト at 2009年06月05日 18:07
ブランフェムトさん
マラソン走るんですか、すごいですね!
私は走り続けるなんて無理、だったらきつくても毎日歩く方がいいです。
小布施見にマラソン、がんばって下さいね!
マラソン走るんですか、すごいですね!
私は走り続けるなんて無理、だったらきつくても毎日歩く方がいいです。
小布施見にマラソン、がんばって下さいね!
Posted by スエルテ
at 2009年06月06日 18:56
