18日目の朝、アルベルゲを出て近くのバルで朝食、店は巡礼者で溢れかえっていました。
私はカフェ・コン・レチェを飲んで、一人先に店を出ました。するとそこに背の高いスペイン人らしい若い男性の巡礼者がひとりで立っていました。はじめて見る顔です。
「Hola!ブエノス ディアス」(おはよう)と反射的に声をかけました。巡礼者と思しき人にはとにかく挨拶する習慣がすっかり身についています。
「Hola!君は日本人?」
「Si」(スィー、肯定の返事)
その男性は英語で話しかけてきましたが、それに私はスペイン語で答えていました。
「いいカメラ持ってるね、写真撮ってあげるよ」
私はあまり自分が写真に撮られたいとは思っていませんが、せっかくの申し出だし、たまには撮ってもらおうかなと思いました。ひとりで写ってもつまらないから誰か来ないかしら・・・
ちょうどそこへバルから、かわいいTシャツを着た男性が出てきました。
私は思わず、
「セニョール!一緒に写真とりましょう!」と声をかけ、いきなりその男性の手をとってこんな写真を撮ってもらいました。
初対面とは思えない馴れ馴れしさ
この人は写真を撮ってくれた男性のお連れさんなのでした。
それならもう一枚って、一緒に撮ったのがこの写真。
「じゃあ、僕達は行くよ」
「ねぇ、名前はなんていうの?」
「僕はルイス、彼はロヘリオだよ。君は?」
「スエルテ」
「スエルテ、ブエン カミーノ アスタルエゴ!」(よい旅を、また会おう)
「ブエン カミーノ、アスタルエゴ!」
しばらく彼等の後ろ姿を見送りながら、アスタルエゴ(またね)って言っても、男の人達は歩くの速いから、もう会うことはないだろうなーと、なんだか残念に思いました。
間もなく、マリアノ、ホアン、ルイシがバルから出て来て4人で出発。
今日もここ数日と同じく、退屈な真っ直ぐな道をひたすら歩きます。ずっと麦畑とか、何時間も同じ並木道とか、歩いても歩いてもたいして進んでいないように感じます。
今日は35km歩くってことを聞いていました。まさに修行の一日になりそうです。
黙々と歩きながらも、人は何かしら想っているということに気が付きます。
心には常にいろんな想いが湧いてきます。無になって、歩く瞑想が出来たらいいのですが、なかなかそうは行きません。
よく想ったのは、『日本は今頃何時で、みんな何しているだろう』
サマータイムの間は、日本とスペインでは7時間の時差があります。
つまり、こっちが朝の7時だと、日本は午後2時になっているのです。
いろんな人の顔は思い浮かべたけれど、ホームシックにはなりませんでした。電話したいとか、ましてや帰りたいなんて、たったの一瞬も考えませんでした。
過去のいろいろな出来事について思い出して考えたり、歌を歌ったり、それにも飽きてくると、足が痛いとか腰がきついとか肉体的な問題に執着してきます。道がほんのわずか上っているのか下っているのかを敏感に感じます。私はゆるい下り道が一番苦手だと知りました。いっそのこと山あり谷ありがはっきりしていた方がいい。これって、人生に対する考え方に似ているな~と後から思いました。
麦畑の中の一本道をやや上りながら歩いていくと先端の尖った建物が見えて来ました。
教会の塔です。ここに集落があるということがわかります。はじめにこれを見つけた仲間は後ろを振り向いて「バルに着いたぞー!」と合図を送ります。
今日は長丁場になるのでここでしっかり午前中の休憩を取ります。賑やかなバルで、先日カストロへリスで20年ぶりの再会をした、日本人のIさんに会いました。そこでデジカメに収まった沢山の写真を見せてくれました。
「私は毎日違う人と食事をして、こうやって記念撮影をしているんですよ。スエルテさんはずっとあのスペイン人のお二人と一緒なんですか?」
「そうですね、ハカで会ったのが縁で、気付けば一緒に歩くのが当たり前になっていますね」
「なにも、ずっと一緒にいることないんじゃないですか。楽しい人は沢山いますよ」
確かに、ホアン、マリアノ コンビと日本人の私が一緒にいるのは、はたから見るとちょっと変なのかもしれません。でも、いつの間にか、私達の間には愛着というか、不思議な友情が生まれていて、すっかり仲間になっていたのだと思います。
「もちろん、他の人とも話したりはしますよ、でもサンチャゴにはあの二人と到着したいのです。体力の許す限り一緒に行くつもりです」
何にもない道に時々羊飼いの群れがいました
この日は、午後に到着した村でもう一度長めの休憩をしました。庭のある素敵なアルベルゲには大勢の巡礼者が宿泊していて、靴を脱いでリラックスしている人々を見て羨ましく思いましたが、私たちはもう1つ先の村まで行くことにしていました。
最後の力を振り絞って歩いていると、後から見慣れぬ男性がやって来て「Hola!」と声をかけました。50歳くらいの、大柄でやさしい笑顔をした人でフランス人です。英語は出来ないけど、スペイン語が少し出来るといいました。名前はピエール。彼のフランス語なまりのスペイン語はとっても優雅でかわいらしく響きます。同じ村が目的地だったので励まし合いながら歩きました。
たどり着いた小さな村は、さっきの村と違って人がほとんどいません。アルベルゲの宿泊者はホアン、マリアノ、ルイシ、私とピエールと他に男性が3人だけでした。部屋には私とルイシだけで、久しぶりに静かな部屋で眠ることが出来そうです。
夕方、ルイシと村の教会に行きました。教会には沢山の梅花ウツギの花が飾ってあり、いい香りが漂っていました。神父さんがその白い花を私達に一枝ずつ下さいました。
宿に帰ってマリアノにその花を見せると、香りを嗅いでじっと見つめ、そのうち泣き出してしまいました。亡くなった奥さんの好きな花だったのです。するとルイシが小さな弟をなぐさめる姉のように、
「泣かないで~マリアニコ~」
と、マリアノを親しみを込めた言い方で呼びながら、しばらく彼の肩を抱いていました。
かわいそうなマリアノ。
私はそっと席をはずしました。
-つづく-
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