隣りのベッドに横たわる日本人男性の顔を見て、私は自分の記憶のアルバムを一気にめくり始めました。そして程なく、一枚の映像と合致しました。
「あのー、私20年くらい前に東京の○○印刷のCTS事業部で2年くらいバイトしていたことがあるんですけど…」
「ああ、私は2年前に○○印刷を定年退職したのですよ」
やっぱり!その男性は昔若い頃アルバイトをしていた会社の、同じ事業部のお隣三課のI課長だったのです。
「私は二課だったので覚えていらっしゃらないと思うのですが、三課のキヨミちゃんと同じ頃お世話になっていて、彼女とは仲がよかったんです」
「キヨミね、あの茨城弁の元気な子、覚えてますよ」
スペインの片田舎のアルベルゲで、知ってる日本人とこんな会話をするなんて、夢にも思わぬことでした。
20年前に知っていたI課長は、同じ課ではなかったので親しくはなかったのですが、会えば朝夕の挨拶を交わしていたし、アルバイト仲間の間では温厚で物静かないい課長だと評判の方でした。
昔からスペインは好きで、NHKのラジオ講座などを長年聴いて、独学で日常会話くらいは話せるようになったそうです。人は見かけによらぬもの。そんな一面があるなんて全く知りませんでした。
I元課長と話しているところに、ホアンがカニャ(生ビール)でも飲みに行こうと誘いに来ました。そこでこのいきさつをホアンに話して聞かせようと思いましたが、私のスペイン語で伝えるより早いと、Iさんに話してもらいました。
ホアンは感心して、
「なんていう偶然なんだろう!俺たちスペイン人だってなかなかよその土地で知り合いになんて会わないのに、あなた達二人、国からこんな遠く離れた所で再会するなんて、こりゃ驚きだな」と言いました。
Iさんとルイシおばさんも誘って、アルベルゲの隣のバルで軽く乾杯しました。
Iさんからは、当時仲がよかった他の営業の社員さんのその後の事などを聞かされました。素敵だったAさんは結婚して間もなく転職したとか、Bさんは5年前に亡くなったとか・・・私の知らないところで人々の人生は刻一刻と変わって行き、そのことを図らずもこういった形で知るなんてね。
Iさんの今回の巡礼は、スペインのロンセスバジェスからレオンまでの予定とのこと。
無理せず、続きは来年のお楽しみにするそうです。一日の歩行距離は20km以内にして、ゆっくり歩いて多くの人と会話を楽しむようにしているそうです。
さて、グラスのビールがなくなるころにはホアンもすっかり落ち着いた様子で、今夜はチャンピオンズリーグの決勝があるから忘れるなよ、と私に言いました。
「マリアノはどうするの?」
「あんなヤツ知らないよ!」
そうは言ってみたものの、それから3分もしないうちに
「スエルテ、あとでマリアノに電話するから、8時前にみんなで集まってサッカー観戦でいいかい?」
私は「Si!!」(イエス!)と元気よく返事をしました。
約束の時間に、サッカー中継をやっている別のバルに行くと、いつもの笑顔でマリアノがやってきました。
「今日はよく歩いたね、スエルテ、調子は大丈夫?」
そう言って、肩をたたいてくれます。
心配していたホアンの方も、さっきまであんなに怒っていたのがうそのように、
「俺たちのアルベルゲにスエルテの昔のアルバイト先の知り合いがいたんだよ、すごい偶然だよなぁ!」
なんて、普通に話しています。
やれやれ、大変な事にならないで よかった、よかった。
サッカーは、チャンピオンズリーグ決勝のモナコ対ポルトの試合でした。最後まで見たかったけれど、いつものように前半戦が終るとバルを出て、それぞれのアルベルゲに戻って行きました。
-つづく-
前回のお話↓
スペイン巡礼の旅20カストロへリスでの奇遇な出来事 その1
続きを読む↓
スペイン巡礼の旅22
スペイン巡礼の旅を初めから読む↓
スペイン巡礼の旅 1